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不動産取引におけるエスクローの活用について

投稿日:2018年08月16日【 不動産登記 | 信託

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不動産取引の一端(私の司法書士業も含め)にでも関われば、そこがいかに内部者の論理に支配された不透明で非合理な場であるかを目の当たりにします。そこでは、本来主役たるべき取引当事者の利益は、蔑ろにされがちです。

 

そこで今回は、問題だらけの現状への解決策の一つとして、アメリカの不動産取引で広く利用されている「エスクロー」( escrow )という決済の仕組について概観するとともに、日本で同様の仕組を導入する困難についても考えてみることにしましょう。

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1 不動産取引の特徴

不動産取引の一般的特徴は、「赤の他人(売主/買主/金融機関)同士が、唯一無二の個性を持った財産(不動産)をめぐって、高額取引(売買/ローン)を行う。」ということです。この特徴のため、不動産取引には様々な不安が伴います。主なものだけ次に挙げてみました。

 

 相手方当事者は誠実か?(相互の義務履行確保の問題)

 仲介者は誠実か?(利益相反の問題)

 対象物件の価値・品質は適正か?(評価、瑕疵修補責任等の問題)

 

売買契約の当事者は互いに義務を負います。例えば、売主の主な義務は、買主に対して物件を引渡すことです。これに対して、買主の主な義務は、売主に対して代金を支払うことです。しかし、この当たり前の相互の義務履行を確保することには、意外に落し穴が多いものです。例えば、最近有名になった「地面師」という詐欺の手口は、簡単に言えば、売主を装った詐欺師が、物件の所有権を引渡すことなしに、買主から代金だけだまし取ってしまうというものです。相手方をよく知らないということは、それ自体がリスクなのです。

 

また、不動産取引において赤の他人同士を結び付けるという役割を担っている仲介業者にも問題があります。建前のうえでは、仲介業者は、依頼者であるそれぞれの取引当事者(売主又は買主)の利益の最大化を志向すべき立場です。しかし、取引の重要情報が仲介業者に偏在し容易に操作される現状では、彼らが当事者よりも自己の利益を優先して行動するのは人の性(さが)でしょう。狐に鶏小屋の番をさせるような取引の仕組に問題があるのです。

 

さらに、これから不動産を購入しようとする素人の(=不動産業界関係者でない)買主にとって、初めて接する物件の価額が適正であるかを見極めることは困難です。判断ための情報は、不足しているか、一方的なものでしかないか、又は入手方法すら分からないか、のどれかでしょう。また、買主には、購入前に物件を主体的に検査( home inspection インスペクション)する機会も事実上ありません。つまり、素人にとって、不動産の購入は、イチかバチかに近いものです。購入後に重大な欠陥が判明した場合、その責任のほとんどは買主に掛かってしまいます。

 

最後に、購入資金がローンである場合、担保対象の不動産の価値は金融機関にとっても重要であるはずです。しかし、金融機関には不動産の価値を判定するノウハウが大幅に不足しているのが現状です。超低金利の現在、担保価値を逸脱した融資がなされることも珍しくはありませんが、このようなことは非常に不健全です。

 

 

アメリカでは、上記のような不安を解消するため、不動産取引において「エスクロー」という決済の仕組が広く利用されています。

 

 

 

2 エスクローとは

(1) エスクローの基本

エスクローとは、簡単に言えば、中立の第三者機関「エスクロー・エージェント」( escrow agent )が当事者の義務履行を監督する決済方法です。エスクローは、不動産取引に限定されるわけではなくて、赤の他人同士(隔地者間)の定型的取引であれば、何にでも利用することができます。取引金額の多寡も関係ありません。

 

例えば、ヤフー・オークションで用いられる「ヤフーかんたん決済」は、多くの人にとって既にお馴染みのエスクローです。ここでは、ヤフー社(=エスクロー・エージェント)が落札者から入金された代金を一旦留保して、商品の受領を確認した後に出品者に送金するのです。たったこれだけのことで、代金を振り込んだのに商品が送られてこない(逆に、商品を送ったのに代金が振り込まれない)というネット取引の典型的トラブルを防いでいるのです。不動産取引におけるエスクローも、基本は同じです。

 

 

(2) 不動産取引におけるエスクロー

まず、売主と買主が締結する売買契約の中身として、次のような諸点が定められます。

 

 物件、当事者、代金価額、手付

 決済日

 エスクロー利用に関する事項

 その他条件

 権利(所有権登録確認、旧担保権・利用権抹消登録確認等)

 建物等検査(インスペクション)

 融資に関する事項

 保険(権利、損害)利用に関する事項

 

売買契約締結の後、両当事者の依頼を受けたエスクロー・エージェントによって「エスクロー口座」( escrow account )が開設されます。エスクロー口座というのは、一定期間(不動産取引なら通常2カ月)だけ存続する一種の信託口座です。両当事者の義務を保管するための「容器」のようなものと考えると、分かりやすいでしょう。

 

売主側は、対象不動産の所有権を証明し、旧担保権等を抹消し、建物のインスペクションを受け入れる等の義務があります。

 

まず、全国統一の登記制度がないアメリカでは、売主の所有権証明のためには、専門の機関による調査( title search )を要します。ここでは、公共機関への所有権の登録履歴や、完全な所有権取得の障害となるような権利がついたままになっていないか等が調査されます。万が一の権利覆滅の危険に備えて、権利保険( title insurance )が利用されることもあります。

 

次に、売主は、買主のインスペクションを受け入れなければなりません。インスペクションの項目として一般的なのは、基礎、シロアリ、配管等の検査です。ここで重大な瑕疵が発見されれば、決済前に修補責任をどちらが負担するかが交渉されたり、契約が解除されたりします。

 

また、もし対象不動産が担保に供されているのであれば、売主は、決済までに債権者との間で、担保権抹消の準備を調えておかなければなりません。

 

一方、買主側は、手付、売買代金や諸手数料を支払う等の義務があります。もし、買主がローンを利用するのであれば、決められた期間のうちに融資を確保する必要が生じます。融資申込みを受けた金融機関の側では、前提として、対象不動産を評価( appraisal )しなければなりません。融資が承認されなければ、売買契約は解除されます。

 

上記一連の義務履行のための行為は、エスクロー口座に対して順次行われます。エスクロー口座という「容器」を履行された義務で満たしていくというイメージです。エスクロー・エージェントは、当事者の義務が全て果たされた(容器が満杯になった)ことを確認した後に、「決済」を行います。すなわち、売主に対しては売買代金を支払い、買主に対しては所有権登録をし、その他関係者に対してはそれぞれ応じた手続を行い、最後にエスクロー口座を閉鎖( closing of an escrow account )するのです。

 

 

 

3 日本にエスクローを導入する難しさ

日本には、「エスクロー法」なる法律は存在しません。また、エスクローは「為替取引」の一種であるため、これを行うためには銀行業の免許を受けなければなりません(銀行法第第4条第1項)。さらに、一時的に売買代金等を滞留させることも、預金の性質を有するため、銀行以外の者が行うことができません(「出資の受入れ、預り金及び金利の取り締まりに関する法律」第2条等)。

 

実は、上に挙げたヤフーかんたん決済は、「資金決済に関する法律」(以下、「資金決済法」という。)によって、「資金移動業者」の登録を受けた会社等が例外的に行うことのできる為替取引という位置づけをされています(資金決済法第37条)。ただし、取引額が比較的少額に制限されており、不動産取引には利用できません。また、資金移動業者の倒産から利用者を保護するため、資金移動業者は、十分な履行保証金を供託しなければなりません(資金決済法第43条等)。

 

では、現行の法律の範囲内で、不動産取引等(取扱金額が大きい取引)にエスクロー(的な仕組)を利用することはできるでしょうか?この疑問に対しては、できるとも、できないとも答えられるでしょう。

 

エスクローは、一種の信託でもあります。信託について本稿では説明を省略します(「信託とは」)が、簡略化すれば、資産管理権者である「受託者」を中心として、出資者である「委託者」と資産運用の恩恵を受ける「受益者」という3者が登場する法的枠組のことです。これと同様に、エスクローも、エスクロー・エージェント=受託者を中心とした3者間の信託であると解することができます。現在日本で行われている不動産エスクロー取引は、信託法の枠組を借用したもののようです。

 

しかし、エスクローを一般化するためには、それを規律する特別の法律が不可欠と考えられます。というのも、通常の信託とは異なり、エスクローにおける当事者は、当然に委託者でも受益者でもあるからです。また、エスクローの目的・期間等も定型的であって、信託のオーダーメード的な仕組とは大きく異なります。一回の取引規模が数十億円にもなるのであればその都度エスクロー的信託契約を締結しても良いのかも知れませんが、一般のマイホーム購入等に利用するには不便でしょう。

 

他方で、今後、インターネットでの不動産情報の公開が、内部者の予想を超えて進むかもしれません。つまり、赤の他人同士が、ネットの不動産情報を通じて直接(仲介業者抜きで)出会う機会が増えるということです。そうなれば、赤の他人間の高額取引を円滑・安全・適正に進めるきちんとした法的枠組を整備することが急務でしょう。

 

 

 

4 おまけ:日本版インスペクション

(1) インスペクション告知の義務等

本年(2018年)4月、既存住宅(中古住宅)のインスペクション告知の義務等を規定した改正宅地建物取引業法(以下、「宅建業法」という。)が施行されました。この改正は、欧米に比べて既存住宅の流通割合が極端に低い日本の住宅市場の活性化を意図したものです。

 

主な改正点としては、まず、媒介契約締結時に、仲介業者が、インスペクション業者をあっせんすることの可否を示し、依頼者の意向に応じてあっせんを行うこととされました(宅建業法第34条の2第1項第4号)。次に、売買契約締結前に行われる重要事項説明の際、仲介業者が、インスペクション実施の有無及びその結果を示さなければならないこととされました(宅建業法第35条第1項第6の2号)。さらに、売買契約に際しては、建物の構造耐力上主要な部分(基礎、外壁等)の現況を当事者双方が確認し、仲介業者がそれを書面として交付しなければならないとされました(宅建業法第37条第1項第2の2号)。

 

要するに、日本版インスペクションは、取引対象となっている建物について「第三者」専門家であるインスペクション業者による品質検査の制度を創設し、その利用により既存住宅の流通を促そうというものです。

 

 

(2) 問題点

施行早々ですが、日本版インスペクションには問題だらけです。制度設計がこのままでは、インスペクションとしての実効性も怪しく、その利用が広がることもないでしょう。

 

一番の問題は、誰のためのインスペクションかという根本が欠落していることです。インスペクションというものは、買主が購入対象不動産の品定めをするために行うものであるはずです。よって、決済を前に重大な欠陥が見つかった場合、売買契約を解除することさえ想定されなくてはなりません。

 

ところが、日本版インスペクションは、買主が主導するようには作られていません。日本の不動産取引慣行と併せて宅建業法を読めば、インスペクションを実施する「依頼者」(宅建業法第34条の2第1項第4号)とは、売主でしかありません。常識で考えれば、売りたいと思っている人が、わざわざインスペクション費用を支払って、不利な検査結果を買おうとはしないものです。つまり、売主主導のインスペクションには利益相反があるのです。さらに、売買契約成立で利益を得る仲介業者がインスペクション業者をあっせんするのですから、契約不成立になりかねない正直なインスペクション業者など初めから選定しないのが道理です。このように、日本版インスペクションには、何重にも利益相反が生じます。

 

また、日本と欧米とでは、不動産に対する価値観も異なります。日本での戸建住宅の建替えサイクルは僅か30年程度でしかありません。まだ十分に使えるきれいな中古住宅でも、築20~30年を超えれば市場でほとんど評価されなくなってしまいます。たとえインスペクションが買主主導になったとしても、わざわざ費用をかけて、価値が低い(と日本人の多くが思い込んでいる)中古住宅にインスペクションをしたいという買主がどのくらいいるでしょうか?

 

思うに、インスペクションは、エスクローの一部として組み入れるべきものです。既存の不透明で非合理な不動産取引の枠組みが続くのであれば、インスペクションだけ切り離して持ってきたところで、大きな効果を期待するのは能天気というほかありません。

 

 

 

 

 

 

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