相続手続きが変わりますよ??(法定相続情報証明制度について)
投稿日:2017年09月22日【 不動産登記 | 相続 | 遺言 】
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平成29年5月29日から「法定相続情報証明制度」(以下、「本制度」という。)の運用がスタートしました。実は本制度は、法務省が構想を公にしてから1年にも満たない短期間に、性急にも実現してしまったものです。
今回は、本制度について概観するとともに、その問題点について考えてみましょう。
(「相続登記が変わりますよ!」とは、誤解を招く表現。)
1 制度の趣旨
法務省は、構想段階から一貫して、本制度が「相続登記を促進するため」の制度であると主張してきました(平成28年7月5日法務省民事局報道発表等)。この主張は、日本社会の抱える次のような構造的な問題を背景としています。
日本の人口は2010年をピークとして減少に転じ、さらに先進国中でも早い速度で高齢化が進展しています。これに伴い、不動産(特に住居用不動産)に対する受給関係に変化が生じました。現在、全体として不動産は供給過多の状態にあり、今後も長期にわたってこの状態が続くか又は拡大していくでしょう。
また、地方と都市部の経済格差のため、地方は引き続き過疎の問題を抱えています。つまり、地方において、引き受け手のない不動産がより多く存在するということです。
さらに、90年代初頭のバブル経済崩壊以降、不動産についての価値観にも大きな変化が見られました。単純化して言えば、多くの人が、不動産を、必ずしも安定・安全な資産としてではなくて、大きな負担にもなりうるものとして認識するようになったのです。これは、どういうことを意味するのでしょうか?
相続が生じた時(=誰かが死亡した時)、もし遺産たる不動産が資産価値あるものならば、相続人は、すすんで相続登記手続を行うでしょう。これに対して、その不動産に資産価値も利用価値もないのであれば、相続人は、わざわざ手間と費用を掛けてまで相続登記手続をしたくないと思うでしょう。
このことの一例は、近年騒がれるようになった空き家の増加という現象にも見られます。いわゆる「空き家問題」は、外見上は、古くなった建物が放置されることから生じる周辺環境への影響を取り上げたものです。しかし、この問題は、突き詰めると、権利関係の問題であることが分かります。すなわち、空き家問題の本質とは、当該不動産について相続手続による権利確定が行われていないために、管理責任の所在が曖昧になってしまうことなのです。
不動産について相続登記を長期にわたって懈怠してしまうと、数次相続が発生して相続関係が複雑化したり、相続人が行方不明になったり意思能力を喪失したりして、事実上遺産分割協議のできない状況が生じます。不動産について、事実上「所有者不明」という状態が生ずるわけです。このような事情を背景として、現在の日本には、所有者不明の不動産が遍在するようになりました。
つまり、不動産の相続登記を放置するということが、広大な国土の利用を妨げてしまいかねないのです。これは、日本経済の行末にも関わってくる重大な問題です。
法務省は、本制度によって、このような問題の解決を促進しようというのです。その狙いは正しいのでしょうか?
2 法定相続情報証明制度の内容
(1) 本制度の法的位置づけ
本制度は、戸籍に代わるような「法定相続情報一覧図」(以下、「一覧図」という。)の写しの交付や戸籍情報の管理を伴うものであるにもかかわらず、戸籍法等の改正によって創設されたのではありません。本制度は、法務省令である不動産登記規則(以下、「規則」といいます。)の一部改正によって創設されたのです。つまり、本制度は、相続登記の際に法務局が従来行ってきた確認機能を流用する「オマケ」的な制度という位置づけをされています。ただし、本制度は、オマケついでに、不動産登記申請を行わない場合でも利用することが出来るとされています。
(2) 本制度の内容
ア 一覧図の保管・交付申出
本制度を利用するための手続とは、「一覧図の保管・交付申出」ということです。一覧図の保管・交付申出は、不動産の相続登記申請のついでに行うことも出来るし、登記とは無関係に行うことも出来ます。
(申出書)
申出人となる資格を有するのは相続人です。さらに、申出人の代理人となることが出来るのは、法定代理人のほか、委任を受けた親族及び資格者代理人(弁護士、司法書士等の8士業)のみです。
申出先は、被相続人の本籍地若しくは最後の住所地、申出人の住所地又は相続財産たる不動産の所在地を管轄する法務局の登記官です(規則247条1項)。
申出に当たっては、申出人は、一覧図のもとになる相続関係図(樹形図)を作成・提出するとともに、次の証明書類を提出しなければなりません(規則247条3項)。不動産の相続登記の際に提出される書類と同じです。
・被相続人の出生時から死亡時までの連続した戸除籍謄本
・被相続人の住民票除票又は戸籍除附票
・相続人の戸籍謄本又は抄本
・申出人の住民票等
・代理資格証明書(代理人による申出の場合)
申出について手数料はかかりません。
(申出人が相続関係図を作成して提出する。)
イ 一覧図の交付と保管
一覧図の保管・交付申出を受けた法務局は、添付された戸除籍謄本等の内容と申出内容が合致することを確認し、一覧図を「一覧図つづり込み帳」につづり込む方法により保管します。さらに、申出人に対しては、登記官の認証印のある一覧図の写しを交付します。
(一覧図の見本。申出人が作成した相続関係図を登記官が認証したもの。)
一覧図の保管期間は、作成年の翌年から5年間です。この間、申出人は、一覧図の写しの再交付を求めることが出来ます。
ウ 証明される内容
一覧図によって証明されるのは、証明対象となる被相続人の相続開始時(=死亡時)の法定相続関係のみです。
相続開始後に、相続人についてさらに相続が発生した(数次相続)場合には、別途その死亡した相続人について一覧図の保管・交付を申し出る必要があります。また、相続放棄や欠格・廃除等による法定相続関係の修正については、本制度の埒外です。
つまり、一覧図とは、被相続人に関連する戸籍情報から、その法定相続関係のみを抽出し、それに証明書としての登記官のお墨付きを与えたものと言うことができるでしょう。
エ 用途
一覧図は、不動産登記申請や相続税申告等の官公庁に対する相続関連手続を行う際の添付書類として利用することが出来ます。また、制度の認知度や信頼性が高まれば、銀行や証券会社等に対する金融資産の相続手続においても利用できるようになることが期待されています。
本制度は、要するに、従来官公庁や金融機関等に対し戸除籍謄本等の束を提出していたものを、一覧図という薄い証明書1通で代用しようというものです。
3 問題点
本制度には、すぐに思いつくだけでも以下のような問題があります。
(1) 制度の位置づけの問題
本制度は、戸籍情報という国民の重要な個人情報の管理についての制度でありながら、戸籍法と無関係に、規則の一部改正のみで成立してしまいました。規則には、悪用事案に対する罰則規定すらありません。
(2) 情報管理と利用の問題
戸籍情報は、戸籍法に従った管理が行われています。すなわち、戸籍情報を知りたい場合には、法定の要件を満たせば、戸籍謄本等の交付請求をすることが出来ます。もちろん、請求先も一律に定まっています。戸籍制度は、国民にとって利用しやすい制度と言えます。
これに対し、一覧図は、戸籍情報から抽出した情報に過ぎません。また、一覧図の保管先はバラバラで、保管期限が短く、再交付申出人が限定されています。国民にとって利用しやすい制度とは言えません。
さらに、戸籍情報を、戸籍法で定められた官公署とは別に、法務局で重複して管理する意味はどこにあるのでしょうか?
(3) 証明事項と困難相続登記との関係
一覧図によって証明できるのは、被相続人の死亡時の相続関係のみです。つまり、比較的単純な相続関係だけしか証明できないということです。
しかし、相続手続において一番厄介なのは、相続手続(遺産分割・登記等)が長期間にわたって懈怠された結果、何重にも相続が生じてしまったような数次相続の事案です。1通の一覧図によって数次相続の相続関係を証明することはできません。数次相続を一覧図によって証明したいのであれば、相続の発生回数と同じだけの一覧図の保管・交付申出を行う必要があるでしょう。
しかも、数次相続が実務上問題となるのは、不動産登記においてのみであると言っても過言ではありません。これに対して、金融資産の相続手続きにおいては、数次相続が特に問題になることはありません。数次相続の事案においては不動産登記以外に利用価値がない一覧図を、法務局は、不動産登記申請記録とは別に、何のために保管するのでしょうか?
(4) 結局、役に立つのか?
法務省は、本制度の趣旨が相続登記の促進にあると言っていますが、促進すべき困難相続登記の事案を解決することと、本制度の内容とはあまりにかけ離れています。また、当たり前のことですが、一覧図という紙ペラが、本制度創設の背景にある構造的な問題に対する解決になるわけでもありません。
困難相続登記の事案を解決するためには、事案に即した多様な対応が求められます。大量の戸除籍謄本の束を収集したり確認したりという負担は、事案の解決という一連の過程の中で、ほんの些細な手間に過ぎません。
私は、結局、本制度は何の役にも立たないばかりか、行政の管理コストを増やすだけのものだと思います。このような制度は直ちに廃止すべきでしょう。
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