支払督促とは
投稿日:2015年05月25日【 金銭トラブル 】
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確定額の金銭債権について、簡易裁判所を使った簡単な手続きで債務名義を取得することのできる「支払督促」という制度があります。制度のメリットばかりが強調されるのが一般的ですが、この制度をきちんと理解している専門家は、滅多なことではこれを利用しないし、他人にも利用することを勧めません。何故でしょうか?
今回は、支払督促の仕組みと問題点について整理してみることにしましょう。
1. 支払督促とは
(1)強制執行するためには
債務者が任意に履行しない場合に、債権者としては債務者の財産(不動産や預金債権等)に強制執行して債権の満足を得たいと思うでしょう。強制執行とは、債務者の財産を差押えて、競売等することによって、債権の満足を実現する手続きのことです。
しかし、強制執行するためには、「債務名義」という債権の存在を公証する一定の文書が必要です。債務名義となる文書には、主に以下のものがあります(民事執行法第22条)。
- 確定判決
- 仮執行宣言付判決
- 仮執行宣言付支払督促
- 執行証書
- 確定判決と同一の効力を有する調停、審判等
仮執行宣言付支払督促も、債務名義の一つです。ここで、「仮執行宣言付」というのは、請求権の存否についての判断が確定する前でも強制執行が可能(「仮に執行してもいいよ」)という意味です。支払督促を利用する側のメリットは、この仮執行宣言を得ることにあるのです。これに対して債務者は、権利の存否について争いがあれば、通常訴訟に移行させることも、別途争うことも出来ます。
(2)支払督促の仕組み
- 申立て
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支払督促は、簡易裁判所の書記官から債務者にたいして債務の支払いを督促する制度です。主に金銭の支払いを目的とする債権について利用することが出来ます(民事訴訟法第382条)。
債権者は、債務者の住居地を管轄する簡易裁判所の書記官に対して、支払督促申立書を提出します(民事訴訟法第383条1項)。金額による管轄の区別はありませんので、50万円の請求であろうと、50億円の請求であろうと、簡易裁判所に専属します。
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- 審査と発付
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支払督促申立を受理した簡易裁判所の書記官は、請求権の内容について実体的な審査を行うわけではありません。そもそも、支払督促申立のためには、借用証書等の請求権を裏付けるような証拠を添付することすら必要ありません。書記官の審査は、申立書記載の債権が支払督促の対象となるものであるか、記載の請求原因が違法でないか等に限られています(民事訴訟法第385条1項)。
支払督促は、債権者からの一方的な申立によって、書記官が発付します。発付までの過程で、債務者が審尋されることはありません(民事訴訟法第386条1項)。
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- 送達と発効
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発付された支払督促は、債務者に送達されなければなりません。送達されることによってはじめて支払督促が効力を生じます(民事訴訟法第388条)。
たとえば、債務者が居所不明等の場合に、通常の裁判手続きならば公示送達という方法をとることができますが、支払督促の場合には、公示送達を行うことができません。即ち、居所不明の債務者に対しては、支払督促を用いることはできないということです。
これは、強制執行という重大な不利益を受けることになる債務者に対して、防御の機会を保障するためです。公示送達は、裁判所の掲示板に送達事項を貼りだすだけの手続ですので、債務者がこれを覚知することは皆無ですし、防御することも不可能です。
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- 督促異議=債務者の防御
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支払督促が債務者に送達されてから2週間以内に、債務者は督促異議を申し立てることが出来ます。異議の申立て先は、支払督促を発付した裁判所書記官の所属する簡易裁判所です(民事訴訟法第386条)。
督促異議申立書用紙は、送達された支払督促に同封されており、当事者の住所氏名を記載し、選択肢にチェックを入れる程度の簡単な書式です。異議申立書の提出は、郵送でも持参でも構いません。異議申立ての理由を記載する必要はありませんし、添付する書類もありません。
適法な督促異議の申立てがなされると、支払督促は失効します。同時に、支払督促にかかる請求事件は、通常訴訟に移行します。管轄は、請求の価額に応じます(民事訴訟法第395条)。支払督促申立書=訴状ということになり、支払督促申立ての時が訴えの提起時とみなされます。
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- 仮執行宣言
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債務者が、支払督促の送達を受けてから2週間以内に督促異議の申立てをしない場合、債権者は、裁判所書記官に対して、仮執行の宣言をするように申立てることが出来ます。
仮執行宣言の申立ては、申立てが可能となった時から30日以内に行わなければなりません。これを怠ると、支払督促は失効します。
債権者から仮執行宣言の申立てがなされた場合、裁判所書記官は仮執行を宣言します(民事訴訟法第391条)。仮執行宣言は支払督促に付記され、再び債務者に送達されます。これをもって、債権者は債務者の財産に強制執行をかけることが出来ます。
ちなみに、強制執行を行うためには、原則として、(ア)債務名義、(イ)執行文及び(ウ)債務名義の債務者への送達、という3つの条件が必要です(民事執行法第25条、同法第29条)。ここで執行文というのは、債務名義に執行力があることを証明する文言のことです。執行文が必要である理由は、債務名義を作成する機関と、執行を行う機関が分かれているので、前者が後者に対して、当該債務名義での執行を行ってもよいと知らせるためです。しかし、仮執行宣言付支払督促の場合には、執行文の付与は必要ありません(民事執行法第25条但書)。執行の段階でも、支払督促には手続きの簡略化が図られているわけです。
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- 仮執行宣言後の督促異議
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仮執行宣言付支払督促が債務者に送達されても、送達を受けた日から2週間の間であれば、債務者は督促異議を申し立てることが可能です。
異議申し立てを行えば、支払督促にかかる請求事件は通常訴訟に移行します。しかし、仮執行宣言後の異議によっては、支払督促は失効しませんし、強制執行の手続きを停止させることもできません。
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(3)支払督促の制度が想定する利用例
債務者が異議を出しさえしなければ、非常に簡単な手続きで債務名義を取得することができるのが支払督促という制度です。仮執行宣言を付された支払督促によって、債務者の財産に対して、短期間の間に強制執行することもできます。
その反対に、債務者が異議を申立てた場合には、支払督促手続きは通常訴訟に移行します。もちろん、異議後の訴訟手続きにおいても、最初から訴えを提起した場合と同様、債権者は、証拠を提出して、請求権の基礎たる事実を主張・立証しなければなりません。
具体的な手続きの進行に関しては、督促異議の後、事件が配転された裁判所の担当書記官から、債権者(以降は「原告」という立場になります。)に対して、一定期間内に「訴状に代わる準備書面」の提出をするようにとの連絡がなされます。これは、支払督促申立書に記載された趣旨と原因のみでは、「訴状」としての記載が不足しているからです。このため原告は、短期間の間に、あらためて主張と証拠を提出しなおさなければなりません。さらに訴訟手数料の不足分を追納する必要もあります。
最初から訴えを提起するのであれば、原告は十分に訴訟を準備する余裕があるのですが、督促異議によって移行した訴訟においては、そんな余裕はありません。さらに原告にとって、訴えを提起する裁判所(=土地管轄)が選択できなくなってしまうという問題もあります。つまり、相手の異議申立てが予め予想されるのであれば、債権者としては始めから訴訟をした方が賢いと言えます。
さらに、仮執行宣言付の支払督促には執行力や時効中断効(民事訴訟法第384条、同法147条等)はありますが、既判力(民事訴訟法第114条)がありません。既判力とは、簡単に言えば、紛争の蒸し返しを防ぐ確定判決の効力のことです。支払督促手続きにおいては、裁判所が請求権の存否について実体的な審理をしていないのですから、既判力がないのは当然のことです。
このため、たとえ督促異議を申し立てる期間がすべて経過してしまった後でも、さらには債務者の財産に対して強制執行がなされてしまった後であっても、債務者は当該請求権の存否を争うことができるのです。このように、請求権の存否について争いがあるような場合には、支払督促にメリットはありません。
以上のことから、支払督促は、債権者・債務者間に請求権の存在自体について争いがない場合を想定した制度であると考えることが出来ます。
2. 支払督促の問題点
(1)悪用事例の存在
支払督促の制度が、請求権の存在自体について争いがない場合を想定しているとしても、実際の利用はこの想定に沿ったものなのでしょうか?
支払督促を多く利用しているのは、消費者金融や信販会社であると言われています。その理由は、通常これらの会社に債務を負っている利用者は、請求権の存在自体については争わないか、懈怠して異議を申し立てない可能性が高いからです。また、支払督促の手続きが、多数の不良債権の定型的な処理に向いているから、ということも言えるでしょう。
しかし、これらよりも私がよく目にするのは、闇金の請求、恐喝、詐欺、腹いせ、又は嫌がらせ等の目的で支払督促が悪用される事例です。つまり、支払督促を申し立てる側は犯罪や不法行為の加害者であって、その標的とされる側は被害者です。このような事例において、被害者は、加害者からの報復を恐れて、異議を申し立てることすら躊躇してしまうのが普通です。
ところが、支払督促の悪用事例については、不思議なことに、あまり問題として取り上げられてはいないようです。そのような事例について調査が行われたということも聞いたことがありません。しかし、そのような制度の悪用が、現実に日々行われているのは間違いのない事実です。
(2)何が問題か?
悪用事例に対しては、上述のとおり、督促異議を申立てたり、別訴で争ったり等の対抗措置を取ることが出来ます。しかしそれは、理屈上の話です。法制度という観念上の世界の中では対等な武器を持っているはずの個人同士も、現実世界の中では武器の使用に長けた人とそうではない人とに分かれてしまうものです。
支払督促には既判力はない」と言ってみたところで、被害者にとって、加害者の支払督促は、裁判所の「お墨付き」を受けた文書です。裁判所すら加害者の側に立っていると思い込んだ被害者は、武器を持って立ち上がることができるでしょうか?
私は、こんなに容易に悪用されてしまうような支払督促の制度なんて廃止すべきだと考えます。皆さんは、どう考えますか?
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