「所有者不明土地問題」を読む
投稿日:2018年06月08日【 ひとりごと | 不動産登記 | 相続 | 遺言 】
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1 「所有者不明土地問題」への注目
昨年(2017年)、有識者によって「所有者不明土地問題研究会」が結成され、1年に満たない間に最終報告書(以下、「報告書」という。)をまとめました。「所有者不明土地」について、初の網羅的な研究報告です。
報告書によれば、「所有者不明土地」が、現時点で全国合計約410万haの規模に達しているとのことです。これは、九州本島の面積に匹敵します。さらに、このまま何の対策も取られなければ、2040年までには「所有者不明土地」が約720万haの規模にまで拡大するというのです。
報告書は、広大な「所有者不明」の国土が日本経済成長の妨げになると警鐘を鳴らします。
2 「所有者不明土地」?
さて、報告書で問題とされている「所有者不明土地」とは、どのような土地のことを指すのでしょうか?
相続が生じても、遺産たる土地の相続登記が行われないまま放置される事例は、後を絶ちません。放置期間が長くなれば、ネズミ算式に相続人が増えて、遺産分割が困難な事態を生じてしまいます。
土地の相続手続きが放置される主な理由は、①「誰も遺産たる当該土地を欲しがらないこと」と、②「当面の当該土地の利用に支障がないので放置し続けてしまったこと」のどちらか又は両方にあると考えられます。
地租改正を契機とする近代的な土地所有制度が誕生して以来、このような事象がじわじわ広がっているという認識は、司法書士の間では「困難相続登記」の問題としてお馴染みです。そのような司法書士的先入観のメガネを通して見ると、「所有者不明土地問題」は、困難相続登記問題と同じものであるかのように思われます。
しかし、報告書によれば、「所有者不明土地」とは、「不動産登記簿等の所有者台帳により、所有者が直ちに判明しない、又は判明しても連絡がつかない土地」のことを指すと定義されています。つまり、「所有者不明土地」は、困難相続登記の問題が対象とするような土地に限らず、所有者連絡先不明まで含んだ多種多様な土地を指すわけです。
この定義は、あまりに広範過ぎるのではないでしょうか。
よほど極端な例を除けば、大抵の土地は、登記記録や戸籍を辿って、現在の権利者(所有者、共有者、相続人等)を割り出すことができます。つまり、厳密な意味で土地が「所有者不明」になるということは稀なのです。
困難相続登記事案の場合、権利者を特定することは困難ながらも可能です。ところが、その多数の権利者の間で、相続対象になった土地の最終的な帰属を決めることができないのです。おそらく、報告書においても、「所有者不明土地問題」の中心は、ここにあるように思われます。これをより正確に言うなら、「土地所有権の承継不全」の問題ということです。
他方、連絡先不明というのは質が違います。これは、行政の情報管理に属する問題です。そして、その解決も、主に技術的な性質のものでしょう。複数の行政機関の保有する情報の共有化や効率的利用を考えればよいということです。
「所有者不明」の定義が、このように異質のものを一緒くたにしていることに気づくと、報告書で議論されている論点もかなりぼやけて見え始めます。さらに、410万haなり720万haなりの「所有者不明土地」が具体的に何を指すのかも良く分からなくなってしまいます。承継不全の土地はその中の一部でしょうが、残りの広大な土地は何のために含まれているのでしょう?誇張のためでしょうか?連絡先不明が大きな問題(例えば、固定資産税の徴税事務に関して)であることは認めつつも、それを「所有者不明土地」と呼ぶことに強い違和感を覚えます。
3 問題解決の方向
問題の対象を、土地所有権の承継不全に絞れば、その最終的な解決のためには、原因(上記2の①及び②)に合わせて、次のような制度を準備する必要があると思います。
ア 土地所有権放棄及び放棄地管理のための制度
イ 共有者の一人が単独所有権を取得する制度
まず、所有者(又はその相続人)が正しくない方法で要らない土地を事実上捨ててしまうことが、承継不全を生じる一因です。ならば、正しく所有権を放棄する制度を準備することが問題の解決になるはずです。
現行法上、共有持分の放棄(民法第255条)や相続放棄(民法第939条)等の規定はあるものの、所有権の放棄についての直接の規定はありません。ただ、明文規定はなくても、所有権も当然に放棄することができると解されており、放棄された不動産は国庫に帰属することになります(民法第239条第2項)。ところが、国庫帰属のための制度といえるようなものは存在しません。
よって、ここでの課題は、放棄された不動産を受け入れて管理(希望者には譲渡や利用権設定)する制度をつくることです。欧米には、モデルとすべき制度が既にいくつか存在しています(参考:「土地を放棄できる国ドイツ」2018年5月24日朝日新聞デジタル)。
次に、利害関係の薄い多数の相続人の中に行方不明や行為能力喪失者が生じた等の理由のために遺産分割が事実上不可能になってしまったような事案に対しては、どのような解決が考えられるでしょうか?
現行法上、遺産共有の状態を解消するためには家事事件としての遺産分割(民法第907条第2項)、物権共有状態を解消するためには民事事件としての共有物分割(民法第258条第1項)と、手続きが二分されています。しかし、長期に渡って所有権の承継不全が定着してしまった状態は、遺産共有というよりは物権共有に近いようにも考えられます。さらに、どちらの手続きにおいても相続人・共有者全てを関与させることが必要とされていますが、承継不全が定着してしまった状態においては、それが一番の障害になることも多いのです。
そこで、当該土地を必要とする共有者の一人が、単独で所有権を取得する(したがって、他の相続人の共有持分を喪失させる)制度を、従来の遺産分割や共有物分割の手続とは別に考えることはできないでしょうか?これに類似する制度は、認可地縁団体の不動産取得制度として、限定的ながら既に存在しています(地方自治法第260条の38)。
財産権が憲法上の権利であるから、これを奪うような制度を作ることには反対もあるでしょう。しかし、財産権も「公共の福祉に適合するやうに」法律によって定められるもの(憲法第29条第2項)に過ぎないのですから、国土でもある土地の私的所有に大きな内在的制約が伴うのは当然のことと考えられます。もともと土地は、私人の労働によって作られる普通の財産とは性質を異にするものです。現状、土地の所有権は、まるで「腫物にさわる」のと同じような意味で保護され過ぎているといえます。
4 公共目的の利用権設定の特措法
2018年6月6日、所有者不明土地の利活用を促す特別措置法が成立しました(1年内施行予定)。所有者不明土地問題に対する国の取組みの第一歩といえます。
これは、所有者不明土地について、都道府県知事が、公共の目的のために、最長10年間の利用権を設定できるという制度です。例えば、市町村が仮設道路を造ったり、公益法人の駐車場を造ったりという使い方が想定されています。
* 本稿では土地について述べましたが、建物についても状況は基本的に同じです。ただし、永続する性質を持った土地と違って、生成消滅する性質を持った建物について、承継の問題を独立に論ずる意味はそれほど大きくはないでしょう。
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